「日記帳」「算盤が恋を語る話」(江戸川乱歩)

暗号で恋心を伝える男二人

「日記帳」「算盤が恋を語る話」
(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第1巻」)光文社文庫

おそらくは恋も知らずに
死んでいったであろう
弟の日記帳をたどる「私」。
そこには美しい娘・雪枝との
文のやりとりが記されてあった。
手紙を差し出した月日の記録から、
「私」はそこに弟の秘めた
思いを感じ取る…。
(「日記帳」)

内気な人間のTが
職場の隣席の女性・S子に
恋心を打ち明けたその方法は、
なんとそろばんに数字を残して
置いておくことだった。
Tが暗号として数字に込めた思いに
気付くS子。
その彼女からの返信は…。
(「算盤が恋を語る話」)

江戸川乱歩の初期作品2つ。
両作品のテーマは暗号。
「算盤」は
五十音の子音母音を
数字に置き換えたもの、
「日記帳」は
それを手紙の差し出し日の
数字に置き換えたもの。
いずれも暗号としては
初歩的なものなのですが…。
「二銭銅貨」から続く
乱歩のいわゆる「推理小説」の傑作です。
現代のミステリーからすると
きわめて「ゆるい」作品なのですが、
暗号解読ものの推理小説の
源流に位置する作品です。
野暮なことは言いますまい。

それよりも味わいたいのは、
この二人が「恋心を
伝えるための方法」として
暗号を選んだその心の内側です。

二人とも極端に内気な青年なのです。
自分の気持ちを伝えるのが気恥ずかしい。
さらには断られることも恐ろしい。
臆病者でありながら、
自尊心は人一倍高い。
だから暗号などという
愚かな方法に頼るしかないのです。
TはS子が気付くまで辛抱強く続けるし、
弟は「I LOVE YOU」一言を伝えるのに
3ヶ月もかける。
内気なのにもほどがあるでしょ、と
突っ込みたくもなります。

メールやLINEの普及した現代においては
およそ考えられない話です。
しかし、
プライドの高い臆病者は
現代でもたくさんいるはずです。
ふと考えてしまいます。
この二人が現代に登場したならば、
どんな方法で好きな女性に
気持ちを伝えたのだろうと。
メールなら内気な人間でも
簡単に気持ちを伝えられるのか、
それともメールですら
伝えることができないのか、
だとすればそれに代わる
伝達方法は何か。

もしかしたら現代は
あまりにも通信手段が発達しすぎて、
かえって伝えられない場合も
あるのではないかと思ってしまいます。
「恋二題」として
大正14年に発表された両作品。
こんな方法で恋を伝える男が
当時であってもいたとは思えませんが、
何ともいえないほほえましさと、
何ともいえない気持ち悪さとがあります。

※「日記帳」は最後の2行が
 作品に深みを与えています。
 ぜひ一読を。

(2019.1.19)

【青空文庫】
「日記帳」(江戸川乱歩)
「算盤が恋を語る話」(江戸川乱歩)

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